チョッと前のWEB新聞に、上高地への新ルート建設構想の話題が取り上げられていた。
確かに新ルート建設には一理あると考えているが、だいたいこんな所に年間200万人も訪れることが問題だと思うがなぁ。上高地は確かに人々を感動させるに相応しい魅力ある場所ではある。ただ、尾瀬とも並んで山岳地であって、観光地と簡単に呼べる場所ではない。
山好きの先輩は、年々増え続ける上高地からのルートを敬遠する。理由は簡単で「あそこは山じゃない・人が多すぎる」とこぼすのだ。観光客が少ない時期に入れば、今度はテレビ局のカメラが追ってくるという。つまり、実態とイメージに差があるからこうなるのだろう。
さて、この記事を読んでいると昔の国道158号線の思い出が甦ってきた。現在はバイパス化と松本I.C、そして安房トンネルの開通でスムーズに岐阜県側へ移動できるようになったが、25年以上前の国道158号は秘境を越える言葉に相応しい道路だった(画像は現在のもの)。
もともと、国道158号の安房峠は冬季閉鎖区間なので、通年通行が可能になったのはトンネルが開通してからのこと。沢渡(さわんど)を過ぎてくると幅員が狭くなるが、問題は午後8時を過ぎてからの通行だった。
国道158号は、北陸地方から首都圏への最短ルートで、幅員が5mに満たない見通しの悪い山岳道路なのに大型トラックの夜間の通行は当たり前だった。
だから午後8時を過ぎて、松本方向から岐阜県側へ抜けようなら3時間は掛かることを覚悟しなければならなかった。だからスムーズに通過するには日中あるいは午後7時までに平湯に抜けている必要があった。幸い岐阜県側へ向かう交通量は少ないものの、一旦すれ違えなくなると渋滞となった。梓川沿いを縫うように走るこの道路は見通しも悪く、先を焦って侵入すると後退するかギリギリの攻防戦を余儀なくされるのだった。その場を回避しても次々とトラックが来るので、切り込み隊長になるとヒヤヒヤの峠越えを強いられるのだった。
当時、坂巻温泉は国道の上に建っていたが、いつの間にかバイパスが開通すると下になってしまった。今でも梓川沿いにその名残を見ることが出来るが、通るたびに思い出す光景である。また、安房峠も週末になると観光バスのガイドさんが猛烈な勢いでコーナーに走って対向車を静止するのも日常だったね。
まぁ、そんな昔の国道158号から見ると上高地は不便であり、釜トンネルが来るものを更に制限していたが、現在は来るものを拒めなくなっている。昔はここまで来たという達成感と共に周囲の景観に感動したものだが、今はあの時の興奮はない。